過ぎにける人を秋しも問ふからに
袖は紅葉の色にこそなれ
- 歌の意味
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すでに亡くなってしまった人を、秋のこの時に訪ねたばかりに、私の袖は紅葉の色、紅の涙の色に染まってしまう。
- 鑑賞
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巻第二十 慶賀歌 1413
詞書「人の弔ひにまうで来たりけるに、早く亡くなりにきと言ひ侍りければ、楓の紅葉に書きつけ侍りける」
亡くなった人を秋に訪ねたばかりに、袖は紅葉の色になる、と詠んだ歌である。見舞いに訪れたところ、その人はすでに亡くなっていたと聞かされ、悲しみの涙で袖が紅葉のように紅に染まると、秋の紅葉に寄せて嘆いている。
詞書によれば、ある人を見舞いに訪ねたところ、もう早くに亡くなったと言われたので、楓の紅葉に書きつけた歌である。
作者の戒仙は、原文に「戒仙法師」とあり、平安時代中期の僧とみられるが、詳しい伝は未詳である。
初句「過ぎにける」は、亡くなってしまった、の意である。
二句「人を秋しも」は、人を秋という時に、の意で、「しも」は強意を表す。
三句「問ふからに」は、訪ねたばかりに、の意である。
四句「袖は紅葉の」は、袖は紅葉の、の意で、詞書の楓の紅葉を受けている。
結句「色にこそなれ」は、紅の色になる、の意で、深い悲しみの涙を紅とする表現を踏まえている。「こそ」を受けて已然形「なれ」で結ぶ係り結びとなっている。
すぐ:亡くなる
とふ:訪ねる、見舞う
かへで:楓
- 作者
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戒仙
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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君まさで年は経ぬれどふるさとに 尽きせぬものは涙なりけり
- 次の歌
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袖乾く時なかりつる我が身には 降るを雨とも思はざりけり