春の田を人にまかせて我はただ
花に心をつくる頃かな
- 歌の意味
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春の田は人に任せて、私はただ花に心を寄せているこのごろであることだ。
- 鑑賞
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巻第一 春歌 47
詞書「承平四年中宮の賀し給ひける時の屏風に」
春の田仕事は人に任せて、自分はただ花を愛でることに心を傾けていると詠む。前の二首が春の田の営みを詠んだのを受け、田を離れて花へ心を寄せる。詞書によれば、承平四年に中宮藤原穏子の賀が行われた際の屏風に添えた歌で、本巻の第二首と同じ折の作である。
作者の「斎宮内侍」は、誰を指すかについて定説を見ない。斎宮は伊勢神宮に奉仕する未婚の皇女、内侍はそこに仕えた女官の呼び名である。
初句「春の田を」は、本巻の第四十五首、第四十六首の山田を受け、春の田を詠む。
二句「人にまかせて」は、田に水を「まかす」意と、他人に「任す」意を掛けた掛詞で、前歌の「まかす」と同じ語を受ける。
三句「我はただ」は、田を任せた人々に対して自分を示し、「ただ」はひたすらの意で、花への専心をいう。
四句「花に心を」は、花への思いを示す。
結句「つくる頃かな」は、心を寄せる意の「付く」と、田を「作る」意を掛けた掛詞である。「かな」は詠嘆の終助詞である。
まかす:田に水を引き入れる意と、人に任せる意を掛ける
つくる:田を耕作する意の「作る」と、心を寄せる意の「付く」を掛ける
- 作者
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斎宮内侍
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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春来れば山田の氷うち解けて 人の心にまかすべらなり
- 次の歌
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あだなれど桜のみこそ故里の 昔ながらのものにはありけれ