行く末も子の日の松のためしには
君が千年を引かんとぞ思ふ
- 歌の意味
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これから先も、子の日の松を引く例として、あなたの千年の齢を引き寄せようと思う。
- 鑑賞
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巻第五 賀歌 290
詞書「小野宮太政大臣の家にて子の日し侍りけるに、下臈に侍りける時、詠み侍りける」
子の日に小松を引く習いの手本として、行く末もあなたの千年の齢を引き寄せようと詠む歌である。小松を引くことを、主の千年の長寿を引き寄せることに重ねて祝っている。詞書によれば、小野宮太政大臣すなわち父の藤原実頼の家で子の日の遊びをした時、作者がまだ位の低かったころに詠んだ歌である。
作者の「三条太政大臣」は藤原頼忠である。小野宮太政大臣藤原実頼の子で、関白太政大臣に至った。藤原公任の父である。
初句「行く末も」は、これから先も、の意である。
二句「子の日の松の」は、子の日に引く松の、の意で、前歌の三句「子の日」、四句「まつ」を受けて子の日の松の歌が続く。
三句「ためしには」は、先例、手本としては、の意である。
四句「君が千年を」は、あなたの千年の齢を、の意である。
結句「引かんとぞ思ふ」は、引き寄せようと思う、の意で、「ん」は意志の助動詞であり、係助詞「ぞ」を受けて連体形「思ふ」で結ぶ。前歌の「引くべかりけれ」と同じく、子の日の松引きに寄せて長寿を引き寄せている。
ためし:先例。手本
げらふ:位の低い者。下臈
- 作者
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藤原頼忠
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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めづらしき千代の始めの子の日には まつ今日をこそ引くべかりけれ
- 次の歌
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松をのみ常磐と思ふに世とともに 流す泉も緑なりけり