五月雨にならぬ限りは郭公
何かはなかむしのぶばかりに
- 歌の意味
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五月雨の季節にならない限りは、ほととぎすはどうして鳴こうか。ただ声をひそめているばかりで。
- 鑑賞
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巻第七 物名 391
詞書「はなかむし」
五月雨の季節にならない限り、ほととぎすは声をひそめているばかりで、どうして鳴くことがあろうかと詠む歌である。ほととぎすの初音を待ちわびる心を裏返して詠み、四句から結句にかけての「はなかむし」の音の続きに、詞書の「はなかむし」の名を隠している。詞書の「はなかむし」は、この歌に詠み込まれた物の名である。
作者の「仙慶法師」は平安時代中期の僧とされるが、伝の詳細は明らかでない。
初句「五月雨に」は、五月雨の季節に、の意である。
二句「ならぬ限りは」は、ならない限りは、の意である。
三句「郭公」は、夏の鳥のほととぎすで、その鳴き声が愛でられた。
四句「何かはなかむ」は、どうして鳴こうか、の意で、「かは」は反語を表す。「かは」の「は」から結句の頭の「し」までを続けて「はなかむし」の名を隠している。
結句「しのぶばかりに」は、声をひそめているばかりで、の意で、倒置によって四句の理由を示している。
はなかむし:虫の名とされるが、詳しくは明らかでない。「何かは鳴かむ忍ぶ」の音の続きに隠して詠み込む
さみだれ:陰暦五月ごろに降り続く長雨。五月雨
しのぶ:声をひそめる。人目を避ける
- 作者
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仙慶法師
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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いかりゐの石をくくみてかみこしは きさのきにこそ劣らざりけれ
- 次の歌
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志深き時には底のもも 潜き出でぬるものにぞありける