おぼつかなくらまの山の道知らで
霞の中にまどふ今日かな
- 歌の意味
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心もとないことだ。暗いという名を持つ鞍馬の山の道を知らないで、霞の中に迷っている今日であることよ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑春歌 1016
詞書「鞍馬に詣で侍りける折に、道を踏み違へて詠み侍りける」
心もとないことだ、暗いという名の鞍馬山の道を知らずに、霞の中で迷っている今日であると詠む歌である。詞書から、鞍馬寺に参詣した折に道を間違えて詠んだ歌とわかる。地名の「鞍馬」に「暗」を掛け、霞に閉ざされて行く先の見えない心細さを詠んでいる。
作者の安法法師は、源融の曾孫にあたる僧である。出家して河原院に住み、多くの歌人と交わった。中古三十六歌仙の一人である。
初句「おぼつかな」は、心もとないことだ、の意で、形容詞「おぼつかなし」の語幹を用いた詠嘆の表現である。ここで句切れとなる初句切れの歌である。
二句「くらまの山の」は、「くらま」が地名の「鞍馬」と、暗い意の「暗ま」を掛ける掛詞である。
三句「道知らで」は、道を知らないで、の意で、「で」は打消の接続助詞である。
四句「霞の中に」は、霞の中に、の意で、本巻の第千十四首から続く霞の歌である。
結句「まどふ今日かな」は、迷っている今日であることだ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。
くらま:地名の「鞍馬」と、暗い意の「暗ま」を掛ける
まどふ:惑ふ。道に迷う
- 作者
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安法法師
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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春来てぞ人も訪ひける山里は 花こそ宿の主なりけれ
- 次の歌
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思ふ事ありてこそ行け春霞 道さまたげにたちな隠しそ