思ふ事ありてこそ行け春霞
道さまたげにたちな隠しそ
- 歌の意味
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思うことがあって山寺へ行くのだ。春霞よ、道の妨げとなるように立ちこめて隠してくれるな。
- 鑑賞
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巻第十六 雑春歌 1017
詞書「延喜十五年斎院屏風に、霞を分けて山寺に入る人あり」
心に思うことがあって山寺へ行くのだから、春霞よ、道の妨げとなるように立ちこめて隠さないでくれと詠む歌である。詞書から、延喜十五年に斎院のために作られた屏風の、霞を分けて山寺に入っていく人を描いた絵に添えた歌とわかる。絵の中の人物になりかわり、仏道を求める切実な思いを霞に呼びかける形で詠んでいる。本巻の第千四首と同じ屏風の歌である。
作者の紀貫之は、古今和歌集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆し、土佐日記を著した。三十六歌仙に数えられる。
初句「思ふ事」は、心に思うことが、の意で、本巻の第千十九首の初句「思ふ事」と同じ句を共有している。
二句「ありてこそ行け」は、あるからこそ行くのだ、の意で、係助詞「こそ」を受けて已然形の「行け」で結ぶ係り結びである。ここで句切れとなる二句切れの歌である。
三句「春霞」は、春霞よ、と呼びかける句である。
四句「道さまたげに」は、道の妨げとなるように、の意である。
結句「たちな隠しそ」は、立ちこめて隠さないでくれ、の意で、「な〜そ」は禁止を表す。本巻の第千十四首の結句「立ち隠すかも」と、霞が「立ち隠す」ことを共有し、隠すかと思う歌と隠すなと願う歌とが対をなしている。
さまたげ:妨げ。じゃま
- 作者
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紀貫之
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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おぼつかなくらまの山の道知らで 霞の中にまどふ今日かな
- 次の歌
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田子の浦に霞の深く見ゆるかな 藻塩の煙立ちや添ふらん