夜もすがら燃ゆる蛍を今朝見れば
草の葉ごとに露ぞ置きける
- 歌の意味
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一晩中燃えるように光っていた蛍を今朝見ると、草の葉の一枚一枚に露が置いていた。
- 鑑賞
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巻第十六 雑春歌 1078
詞書「蛍を詠み侍りける」
一晩中燃えるように光っていた蛍のあたりを今朝見ると、草の葉ごとに露が置いていたと詠む歌である。詞書から、蛍を題に詠んだ歌とわかる。夜の間燃えていた蛍の火と、朝の草葉に置く露とを取り合わせ、火と水という対照的なものの入れ替わりに、夏の夜明けの情景を描いている。
作者の健守法師は、伝の詳らかでない僧である。
初句「夜もすがら」は、一晩中、の意である。
二句「燃ゆる蛍を」は、燃えるように光る蛍を、の意で、蛍の光を火に見立てている。本巻の第千五十一首の三句「もゆるまで」と、「燃ゆ」の語を共有している。
三句「今朝見れば」は、今朝見ると、の意で、初句の「夜」と三句の「今朝」が対をなしている。
四句「草の葉ごとに」は、草の葉の一枚一枚に、の意で、巻末の第千八十一首の結句「草葉ならねど」と、草葉を詠む点で通じている。
結句「露ぞ置きける」は、露が置いていたことだ、の意で、係助詞「ぞ」を受けて過去の助動詞「けり」の連体形「ける」で結ぶ係り結びである。二句の「燃ゆる」火と、結句の「露」の水とが対照をなしている。
つゆ:露。草葉に置く水滴
- 作者
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健守法師
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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古里の奈良思の岡に郭公 言伝てやりきいかに告げきや
- 次の歌
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常夏の花をし見ればうちはへて 過ぐる月日の数も知られず