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常夏の花をし見ればうちはへて
過ぐる月日の数も知られず

歌の意味
常夏の花を見ていると、長く続いて過ぎていく月日の数も、分からなくなってしまう。
鑑賞
巻第十六 雑春歌 1079

詞書「延長七年十月十四日、元良の親王の四十賀し侍りける時の屏風に」
 常夏の花を見ていると、長く続いて過ぎていく月日の数も分からなくなると詠む歌である。詞書から、延長七年に元良親王の四十の賀を祝った折の屏風に添えた歌とわかる。いつまでも夏が続くという名を持つ常夏の花に、時の過ぎるのを忘れるほどの長寿を重ね、親王の齢をことほいでいる。
 作者の紀貫之は、古今和歌集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆し、土佐日記を著した。三十六歌仙に数えられる。元良親王は陽成天皇の第一皇子で、風流を好んだことで知られる。

 初句「常夏の」は、常夏の、の意で、撫子の異名であり、いつまでも夏が続くという名に長寿を響かせている。次歌の第千八十首の結句「なでしこの花」と、同じ花を詠んでいる。
 二句「花をし見れば」は、花を見ていると、の意で、「し」は強めの副助詞である。
 三句「うちはへて」は、長く続いて、の意で、本巻の第千六十七首の三句「うちはへて」と同じ句を共有し、ともに長寿の賀の屏風の歌である。
 四句「過ぐる月日の」は、過ぎていく月日の、の意である。
 結句「数も知られず」は、数も分からない、の意で、「れ」は可能の助動詞「る」の未然形、「ず」は打消の助動詞である。本巻の第千十二首の結句「数を知るらめ」と、長寿の賀の屏風で年の数を詠む点で通じている。

とこなつ:常夏。撫子の異名
しじふのが:四十の賀。四十歳を祝う長寿の祝い
作者
紀貫之
出典
拾遺和歌集
前の歌
夜もすがら燃ゆる蛍を今朝見れば 草の葉ごとに露ぞ置きける
次の歌
しばしだに陰に隠れぬ時は猶 うなだれぬべきなでしこの花