岩橋の夜の契りも絶えぬべし
明くるわびしき葛城の神
- 歌の意味
-
葛城の神が夜にだけ架けたという岩橋のように、夜の契りも途絶えてしまうだろう。夜が明けるのをわびしく思う葛城の神のように、明るくなって姿を見られるのがつらいのだから。
- 鑑賞
-
巻第十八 雑賀 1201
詞書「大納言朝光下臈に侍りける時、女のもとに忍びてまかりて」
葛城の神が夜にだけ架けたという岩橋のように夜の契りも途絶えるだろう、夜明けをわびしく思う葛城の神なのだからと詠む歌である。詞書から、藤原朝光がまだ官位の低かった頃、忍んで女のもとに通った折の歌とわかる。容貌の醜さを恥じて夜しか働かなかったため岩橋を架け終えられなかったという葛城の神の伝説を踏まえ、明るい朝に姿を見られるのを恥じる自らをその神になぞらえて、夜の逢瀬の続かないことを詠んでいる。前の前の歌の第千百九十九首と同じく、葛城の岩橋の伝説を詠んでいる。
作者の「春宮女蔵人左近」は小大君である。三条天皇が東宮であった頃に女蔵人として仕え、左近と呼ばれた。三十六歌仙に数えられる。
なお本文では、詞書の末尾に作者名の「春宮女蔵人左近」が続けて記されている。
初句「岩橋の」は、葛城の神が架けようとした岩の橋の、の意で、伝説では夜だけ工事をしたことから、二句の「夜」を導いている。前の前の歌の第千百九十九首の結句「かたはし」の架けかけの橋と、同じ伝説を共有している。
二句「夜の契りも」は、夜の逢瀬の約束も、の意で、岩橋の夜の工事と、男女の夜の契りを重ねている。
三句「絶えぬべし」は、途絶えてしまうだろう、の意で、「ぬ」は完了、「べし」は推量の助動詞である。ここで句切れとなる三句切れの歌である。橋が途絶えることと契りが絶えることを重ねている。
四句「明くるわびしき」は、夜が明けるのがつらい、の意で、明るくなって姿を見られることを恥じる心をいう。
結句「葛城の神」は、大和の葛城山の神、一言主神をいい、体言止めである。本巻の第千百九十九首の二句「葛城山を」と、同じ葛城の地を詠んでいる。
いははし:岩橋。葛城の神が金峰山へ架けようとして果たさなかった石の橋
かづらきのかみ:葛城の神。一言主神。容貌の醜さを恥じて夜だけ働いたという
げらふ:下臈。官位の低い者
ちぎり:契り。約束、男女の縁
- 作者
-
小大君
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
書きつくる心見えなる跡なれど 見ても偲ばむ人やあるとて
- 次の歌
-
疑はしほかに渡せるふみ見れば 我やとだえにならんとすらん