百草に八十草添へて給ひてし
乳房の報い今日ぞ我がする
- 歌の意味
-
百種に八十種を添えてお与えくださった、母の乳房の恩に報いることを、今日こそ私はするのだ。
- 鑑賞
-
巻第二十 哀傷 1347
詞書は前の歌に続き「大僧正行基詠みたまひける」
百種に八十種を添えて与えてくれた母の乳房の恩に、今日こそ報いると詠む歌である。詞書は前歌の第千三百四十六首と同じく、行基の歌とされるものである。数えきれないほどの乳を与えて育ててくれた母の恩に、法会を営んで報いることを詠んだものとされ、親の恩の深さと、仏事によってそれに報いる心とを詠んでいる。
作者の大僧正行基は、奈良時代の僧である。諸国をめぐって道や橋を造るなど民衆の救済に尽くし、東大寺の大仏造立に協力して大僧正となった。
初句「百草に」は、百種に、の意で、数の多いことをいう。
二句「八十草添へて」は、八十種を添えて、の意で、初句と合わせて数えきれないほど多いことをいう。
三句「給ひてし」は、お与えくださった、の意で、「てし」は完了と過去の助動詞である。
四句「乳房の報い」は、乳を与えて育ててくれた恩に報いること、の意である。本巻の第千二百九十四首の二句「胸の乳房を」と、母の乳房を詠む点で通い合っている。
結句「今日ぞ我がする」は、今日こそ私がするのだ、の意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形の「する」で結ぶ係り結びである。
むくい:報い。恩に報いること
ももくさ:百草。多くの種類
- 作者
-
行基
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
法華経を我が得しことは薪こり 菜摘み水汲み仕へてぞ得し
- 次の歌
-
霊山の釈迦の御前に契りてし 真如朽ちせず相見つるかな