霊山の釈迦の御前に契りてし
真如朽ちせず相見つるかな
- 歌の意味
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霊鷲山の釈迦の御前で約束を交わした、その真如の縁は朽ちることなく、こうして再び相まみえたことだ。
- 鑑賞
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巻第二十 哀傷 1348
詞書「南天竺より東大寺供養にあひに、菩提が渚に来着きたりける時、詠める」
霊鷲山の釈迦の御前で約束した真如の縁は朽ちることなく、再び相まみえたと詠む歌である。詞書から、南インドから東大寺の供養に参列するため、菩提が難波の渚に到着した時に詠んだ歌とわかる。菩提は菩提僊那のことで、天平8年(736)に来日し、のちに東大寺大仏の開眼供養の導師を務めた。行基は、前世に釈迦の説法の場でともに誓いを立てた仲であったとして、はるばる海を渡ってきた菩提を迎えている。次歌の第千三百四十九首は菩提の返しである。
作者の大僧正行基は、奈良時代の僧である。諸国をめぐって道や橋を造るなど民衆の救済に尽くし、東大寺の大仏造立に協力して大僧正となった。
初句「霊山の」は、霊鷲山の、の意で、釈迦が法華経を説いたとされる山である。
二句「釈迦の御前に」は、釈迦の御前で、の意である。
三句「契りてし」は、約束を交わした、の意で、「てし」は完了と過去の助動詞である。次歌の第千三百四十九首の二句「共に契りし」と、前世の契りを詠む点で呼応している。
四句「真如朽ちせず」は、真如の縁は朽ちることなく、の意で、「真如」は永遠に変わらない真理をいう。
結句「相見つるかな」は、相まみえたことだ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。次歌の第千三百四十九首の結句「相見つるかな」と、同じ句を共有している。
りやうぜん:霊山。霊鷲山。釈迦が法華経を説いたとされる山
しんによ:真如。永遠に変わらない真理
くちす:朽ちす。朽ちる
- 作者
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行基
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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百草に八十草添へて給ひてし 乳房の報い今日ぞ我がする
- 次の歌
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迦毘羅衛に共に契りしかひありて 文殊の御顔相見つるかな