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法華経を我が得しことは薪こり
菜摘み水汲み仕へてぞ得し

歌の意味
法華経を私が得ることができたのは、薪を伐り、菜を摘み、水を汲み、師に仕えて得たのだ。
鑑賞
巻第二十 哀傷 1346

詞書「大僧正行基詠みたまひける」
 法華経を私が得たのは、薪を伐り、菜を摘み、水を汲んで仕えて得たのだと詠む歌である。法華経の提婆達多品に、釈迦が前世で国王であった時、阿私仙という仙人に仕えて、薪を拾い、木の実を採り、水を汲んで修行し、法華経を授かったと説かれるのを踏まえ、釈迦の身になって詠んでいる。法華八講では、この歌を唱えながら薪を背負い水桶を持って行道することが行われ、薪の行道と呼ばれた。
 作者の大僧正行基は、奈良時代の僧である。諸国をめぐって道や橋を造るなど民衆の救済に尽くし、東大寺の大仏造立に協力して大僧正となった。
 法華経の提婆達多品の、釈迦が阿私仙に仕えて法華経を得たという話を踏まえている。

 初句「法華経を」は、法華経を、の意で、六音の字余りの句である。
 二句「我が得しことは」は、私が得たことは、の意で、「し」は過去の助動詞「き」の連体形である。
 三句「薪こり」は、薪を伐り、の意で、本巻の第千三百三十九首の初句「薪こる」と、同じ語を共有している。
 四句「菜摘み水汲み」は、菜を摘み、水を汲み、の意で、三句と合わせて仕えて修行したさまを重ねて述べている。
 結句「仕へてぞ得し」は、仕えて得たのだ、の意で、係助詞「ぞ」を受けて過去の助動詞「き」の連体形「し」で結ぶ係り結びである。二句の「得し」と、初めと終わりを同じ語で結んでいる。

ほけきやう:法華経。大乗仏教の代表的な経典
たきぎこる:薪樵る。薪を伐る
作者
行基
出典
拾遺和歌集
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三十あまり二つの姿備へたる 昔の人の踏める跡ぞこれ
次の歌
百草に八十草添へて給ひてし 乳房の報い今日ぞ我がする