古典和歌stream

三十あまり二つの姿備へたる
昔の人の踏める跡ぞこれ

歌の意味
三十二の尊い姿を備えておられた昔の人、釈迦が踏まれた足跡が、これなのだ。
鑑賞
巻第二十 哀傷 1345

詞書「光明皇后、山階寺にある仏跡に書きつけたまひける」
 三十二の尊い姿を備えた昔の人が踏んだ足跡がこれだと詠む歌である。詞書から、光明皇后が、山階寺にある仏の足跡に書きつけた歌とわかる。仏の身に備わるという三十二の優れた特徴を持ち出し、石に刻まれた仏足跡を前にして、釈迦が確かにこの世を歩んだことへの深い感動と敬いを詠んでいる。山階寺は興福寺の古い呼び名である。
 作者の光明皇后は、藤原不比等の娘で、聖武天皇の皇后となった。仏教をあつく信仰し、施薬院や悲田院を設けて病人や貧しい人々を救った。

 初句「三十あまり」は、三十と余り、の意で、六音の字余りの句である。
 二句「二つの姿」は、初句と合わせて三十二の姿、の意で、仏の身に備わるという三十二相をいう。
 三句「備へたる」は、身に備えておられた、の意である。
 四句「昔の人の」は、昔の人の、の意で、釈迦をいう。
 結句「踏める跡ぞこれ」は、踏まれた足跡がこれだ、の意で、八音の字余りの句である。「ぞ」は強めを表し、目の前の仏足跡を指し示している。

さんじふにさう:三十二相。仏の身に備わるという三十二の優れた特徴
ぶつせき:仏跡。仏の足跡を石に刻んだもの、仏足石
作者
光明皇后
出典
拾遺和歌集
前の歌
一度も南無阿弥陀仏と言ふ人の 蓮の上に登らぬはなし
次の歌
法華経を我が得しことは薪こり 菜摘み水汲み仕へてぞ得し