しなてるや片岡山に飯に飢ゑて
臥せる旅人あはれ親なし
- 歌の意味
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片岡山で食べ物に飢えて倒れ伏している旅人よ、ああ、哀れなことだ、親もいないのか。
- 鑑賞
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巻第二十 哀傷 1350
詞書「聖徳太子、高岡山辺道人の家におはしけるに、飢ゑたる人道のほとりに臥せり、太子の乗りたまへる馬止まりて行かず、鞭を上げて打ちたまへど、後へ退きて止まる、太子すなはち馬より下りて、飢ゑたる人のもとに歩み進みたまひて、紫の上の御衣を脱ぎて飢ゑ人の上に覆ひたまふ、歌を詠みてのたまはく。になれなれけめや、さす竹のきねはやなき、飯に飢ゑて臥やせる旅人あはれあはれ、といふ歌なり」
片岡山で食べ物に飢えて倒れ伏している旅人よ、哀れなことだ、親もいないのかと詠む歌である。詞書から、聖徳太子が道のほとりに飢えて倒れている人を見つけ、馬から下りて自らの紫の衣を脱いで掛けてやり、歌を詠んだことがわかる。日本書紀の推古天皇21年(613)の条に見える片岡山の飢人の話に基づき、詞書にはその長い歌の続きも記されている。身分の高い太子が、行き倒れの旅人に心を寄せる慈悲の深さを伝えている。次歌の第千三百五十一首は飢人の返しである。
作者の聖徳太子は、用明天皇の皇子で、推古天皇の摂政として政治にあたり、十七条憲法を定め、法隆寺を建立した。
日本書紀の推古天皇21年の条に、片岡山の飢人に与えた歌として見える。
初句「しなてるや」は、「片」にかかる枕詞で、片岡山を導いている。
二句「片岡山に」は、大和国の片岡山に、の意である。
三句「飯に飢ゑて」は、食べ物に飢えて、の意で、六音の字余りの句である。
四句「臥せる旅人」は、倒れ伏している旅人、の意で、「る」は存続の助動詞「り」の連体形である。
結句「あはれ親なし」は、ああ哀れなことだ、親もないのか、の意で、旅人の孤独な身の上を思いやっている。
いひ:飯。食べ物
うう:飢う。飢える
しなてるや:「片」などにかかる枕詞
- 作者
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聖徳太子
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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迦毘羅衛に共に契りしかひありて 文殊の御顔相見つるかな
- 次の歌
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斑鳩や富の小川の絶えばこそ 我が大君の御名を忘れめ