- 歌の意味
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嵐の吹く志賀の山辺の桜の花が散ると、空にさざ波が立つことだ。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 87
詞書「崇徳院御時、十五首歌奉りける時、花の歌とてよめる」
崇徳天皇の時代に十五首歌を奉った際、「花」を題として詠んだ歌である。嵐の吹く志賀の山辺で桜の花が散ると、空いっぱいに舞う花びらが、まるで空にさざ波が立っているように見える、と詠む。志賀は琵琶湖のほとりの地で、「さざ波」は志賀にかかる語でもある。湖の波を空に移し、舞い上がる花吹雪を空の波としてとらえた大胆な見立てである。
作者の「右兵衛督公行」は藤原公行である。太政大臣藤原実行の子で、右兵衛督を経て権中納言に至った。
本歌から第八十九首までの三首は、いずれも近江の志賀を舞台に、散る花と湖の波とを重ねて詠む一連である。本歌は空に、次歌は峰に、次々歌は湖の上に波と花とを見ており、同じ趣向を場所を変えて詠み分けている。
初句「嵐吹く」は、山から激しく吹きおろす風をいい、花を散らす原因を示す。
二句「志賀の山辺の」の「志賀」は近江国の地名で、琵琶湖の西岸にあたる歌枕である。
三句「桜花」は、一首の主題を示す。
四句「散れば雲居に」の「雲居」は空のこと、雲のあるところをいう。散った花が空いっぱいに舞うさまを示す。
結句「さざ浪ぞ立つ」の「さざ浪」は細かな波で、志賀の枕詞としても用いられる語である。湖の波を空に置き換え、空を舞う花吹雪をさざ波に見立てる。「ぞ」は係助詞で、「立つ」と連体形で結ぶ。
くもゐ:空、雲のあるところ
さざなみ:細かく立つ波、志賀の枕詞ともなる語
- 作者
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藤原公行
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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春を経て花散らましや奥山の 風を桜の心と思はば
- 次の歌
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春風に志賀の山越え花散れば 峰にぞ浦の浪は立ちける