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春風に志賀の山越え花散れば
峰にぞ浦の浪は立ちける

歌の意味
春風に吹かれて志賀の山越えの道の花が散ると、峰の上にこそ湖の浦の波が立つのだった。
鑑賞
巻第二 春歌下 88

詞書「百首歌奉りける時、花の歌とてよめる」
 崇徳院に百首歌を奉った際に、「花」を題として詠んだ歌である。春風に吹かれて志賀の山越えの道に咲く花が散ると、白い花びらが峰の上に波立つように舞い、湖の浦に立つはずの波が峰に立っていることだ、と詠む。湖畔の波を山の峰に移した見立てで、前歌が空に波を見たのに対し、本歌は峰に波を見ている。
 作者の「前参議親隆」は藤原親隆である。権中納言藤原為房の子で、参議に至った。崇徳院の久安百首の作者の一人である。
 前歌の第八十七首、次歌の第八十九首とともに、志賀の花と湖の波とを重ねる一連の二首目である。前歌は空に、本歌は峰に波を見ている。

 初句「春風に」は、花を散らす春風で、前歌の「嵐」に対してやわらかな風を置く。
 二句「志賀の山越え」は、京から比叡山の南を越えて志賀へ抜ける山道をいい、桜の名所として知られた。
 三句「花散れば」は、已然形に「ば」が付いた確定条件で、花が散ると、の意である。
 四句「峰にぞ浦の」の「ぞ」は係助詞で、結句の「ける」と係り結びをなす。本来は湖の浦に立つ波が峰に立つ、という意外さを強調する。
 結句「浪は立ちける」の「ける」は気づきを表す助動詞「けり」の連体形で、「ぞ」の結びとなる。散る花を浦の波に見立てる。

しがのやまごえ:京から比叡山の南を越えて志賀へ抜ける山道
うら:湖や海の、陸に入り込んだところ
作者
藤原親隆
出典
千載和歌集
前の歌
嵐吹く志賀の山辺の桜花 散れば雲居にさざ浪ぞ立つ
次の歌
桜咲く比良の山風吹くままに 花になりゆく志賀の浦浪