- 歌の意味
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東屋の小萱葺きの軒に生える忍草のように、忍ぶこともしきれない。草が茂るように募っていく恋の思いのために。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 856
詞書は前の歌に続き「崇徳院に百首歌たてまつりける時、恋歌とて詠める」
前歌と同じく『久安百首』の恋の歌である。東屋の小萱の軒の忍草のように、忍ぶこともできない、茂るように募る思いのために、と詠む。上の三句は、軒に生える「忍草」の名から四句の「忍び」を導く序詞で、軒端に茂る草のさまを、こらえきれずに募っていく恋の思いに重ねている。人目を忍ぶ恋が、もはや隠しきれないほどに深まった心を表している。
作者の「前参議親隆」は藤原親隆である。権中納言藤原為房の子で、参議に至った。
本歌から第八百六十首までは崇徳院に奉った久安百首の恋の歌が続き、一連をなしている。
初句「東屋の」の「東屋」は四方に屋根を葺き下ろした簡素な家のことである。
二句「小萱の軒の」の「小萱」は萱のことで、萱で葺いた軒を示す。
三句「忍草」は軒端などに生えるシダの一種である。ここまでの三句が、四句の「忍び」を同音で導く序詞となる。
四句「忍びもあへず」の「あへず」は…しきれない、の意で、忍ぶこともしきれない、の意である。三句の「忍草」と同じ語を重ね、草の名から人目を忍ぶ恋の心へと転じている。
結句「茂る思ひに」の「茂る」は忍草が茂る意と、恋の思いが募る意を重ねている。「に」は原因を表し、募る思いのために、の意である。
あづまや:四方に屋根を葺き下ろした簡素な家
をかや:萱、また萱で葺いた屋根
しのぶぐさ:軒端などに生えるシダの一種
- 作者
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藤原親隆
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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我が袖の涙やにほの海ならん かりにも人をみるめなければ
- 次の歌
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恋をのみしかまの市に立つ民の 絶えぬ思ひに身をや替へてん