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をちかへり濡るとも来鳴け時鳥
今いくかかは五月雨の空

歌の意味
何度も繰り返し、たとえ雨に濡れても来て鳴いておくれ、時鳥よ。五月雨の空も、あと幾日続くというのか。
鑑賞
巻第三 夏歌 189

詞書「雨中郭公といへる心をよみ侍りける」
 「雨中郭公(雨の中の時鳥)」という題で詠んだ歌である。時鳥よ、雨に濡れても繰り返し来て鳴いておくれ、この五月雨の空もあと幾日も続くわけではないのだから、と詠む。時鳥が鳴く季節の残りの短さを、五月雨の日数の少なさに重ね、今のうちにその声を聞きたいと願っている。
 作者の「按察使資賢」は源資賢である。源有賢の子で、按察使を兼ね、権大納言に至った。今様や郢曲の名手として後白河院に重んじられた。

 初句「をちかへり」は、繰り返し、何度も、の意で、時鳥の鳴き声についていう語である。
 二句「濡るとも来鳴け」の「とも」は逆接仮定、「来鳴け」は来て鳴けと命じる形で、濡れても来て鳴け、の意である。
 三句「時鳥」は、時鳥への呼びかけである。ここで句切れとなる。
 四句「今いくかかは」の「いくか」は幾日、「かは」は反語で、あと幾日あるというのか、いくらもない、の意となる。
 結句「五月雨の空」は体言止めで、本巻の第百七十九首、第百八十四首と同じ結句である。五月雨の一連から引き継いだ結句を、時鳥の歌に用いている。

をちかへる:繰り返す、何度も鳴く
いくか:幾日
きなく:来て鳴く
作者
源資賢
出典
千載和歌集
前の歌
五月雨の雲の晴れ間に月冴えて 山時鳥空に鳴くなり
次の歌
逢坂の山時鳥名告るなり 関守る神や空に問ふらん