越えて行く友やなからむ逢坂の
関の清水のかげ離れなば
- 歌の意味
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ともに越えてゆく友もいないのだろうか。逢坂の関の清水に映る自分の影から離れてしまったならば。
- 鑑賞
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巻第八 羈旅歌 523
詞書「中院右大臣家にて、独行関路といへる心をよみ侍りける」
中院右大臣源雅定の家で、ひとり関路を行くという題で詠んだ歌である。逢坂の関の清水に映る影から離れてしまったならば、ともに越えてゆく友もいないのだろうか、と詠む。ひとり旅の身には、清水に映る自分の影だけが道連れであり、そこを離れればまったくの独りになるという寂しさを表している。
作者の「大納言定房」は源定房である。権中納言源雅兼の子で、中院右大臣源雅定の養子となり、大納言に至った。
初句「越えて行く」は、関を越えてゆく、の意で、二句の「友」にかかる。
二句「友やなからむ」の「や」は疑問の係助詞で、推量の助動詞「む」の連体形で結ぶ。ともに越える友もいないのだろうか、の意である。ここで句切れとなる。
三句「逢坂の」は逢坂の関で、前歌の第五百二十二首と同じく逢坂の関を詠む。
四句「関の清水の」の「関の清水」は逢坂の関の湧き水で、巻頭の第四百九十八首にも詠まれる。
結句「かげ離れなば」の「かげ」は清水に映る自分の影で、「な」は完了の助動詞「ぬ」の未然形、「ば」が付いて仮定条件となり、影から離れてしまったならば、の意である。二句と倒置の関係にある。
かげ:水に映る姿
- 作者
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源定房
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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逢坂の関には人もなかりけり 岩間の水のもるにまかせて
- 次の歌
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旅衣朝たつ小野の露しげみ しぼりもあへずしのぶもぢずり