数ふれば昔語りになりにけり
別れは今の心地すれども
- 歌の意味
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年月を数えてみると、もう昔語りになってしまったことだ。父との別れは、つい今のことのような気がするけれども。
- 鑑賞
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巻第九 哀傷歌 585
詞書「大納言公実身まかりて後、かの遠忌日、よみ侍りける」
父の大納言藤原公実が亡くなって年を経たのち、その年忌の日に詠んだ歌である。年月を数えてみると昔語りになってしまった、別れは今のことのような気がするけれども、と詠む。指折り数えれば長い歳月が過ぎているのに、心の中では父との別れが今も生々しいという、時の隔たりと心の近さとの食い違いを表している。公実は嘉承二年(1107)に没した。
作者の「花薗左大臣の室」は大納言藤原公実の娘で、左大臣源有仁の妻である。待賢門院璋子の姉妹にあたる。
本巻の第五百六十二首、第五百六十三首は、死別の年の暮れに別れが遠ざかることを惜しみ、本歌は長い歳月を経てなお別れを近く感じると詠んで、同じ主題を異なる時の隔たりで扱っている。
初句「数ふれば」の「数ふれ」は已然形で、「ば」が付いて、数えてみると、の意である。
二句「昔語りに」の「昔語り」は、昔の思い出話の意である。
三句「なりにけり」の「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「けり」は気づきの詠嘆で、なってしまったことだ、の意である。ここで句切れとなる。
四句「別れは今の」は、父との別れは今のことのような、の意で、二句の「昔」と対比させる。
結句「心地すれども」の「ども」は逆接の接続助詞で、気がするけれども、の意である。上の句と倒置の関係にある。
をんき:死後年数を経て営む年忌の法要
むかしがたり:昔の思い出話
- 作者
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花園左大臣室
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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類なく憂きこと見えし宿なれど そも別るるは悲しかりけり
- 次の歌
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七夕に今年は貸さぬ椎柴の 袖しもことに露けかりけり