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先立たむことを憂しとぞ思ひしに
後れても又悲しかりけり

歌の意味
母より先に死ぬことをつらいと思っていたのに、母に先立たれて後に残されても、また悲しいことであった。
鑑賞
巻第九 哀傷歌 598

詞書「煩ふこと侍りける時、母に先立たんことを嘆き思ひ侍りけるを、その度おこたりて後、又母身まかりにける時よめる」
 作者が病にかかった時、母より先に死ぬことを嘆いていたが、その時は病が治り、のちに今度は母が亡くなった時に詠んだ歌である。先に死ぬことをつらいと思っていたのに、後に残されてもまた悲しかった、と詠む。親に先立つ不孝を恐れていた自分が、いざ親を見送る側になって、残される悲しみもまた深いことを知ったという、親子の別れの避けがたさを表している。
 作者の「静縁法師」は平安時代末期の僧で、歌林苑に集った歌人の一人である。鴨長明の「無名抄」にもその逸話が見える。

 初句「先立たむ」の「む」は婉曲の助動詞の連体形で、先に死ぬような、の意である。
 二句「ことを憂しとぞ」の「ぞ」は強意の係助詞で、三句の「し」と連体形で結ぶ。
 三句「思ひしに」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形、「に」は逆接の接続助詞で、思っていたのに、の意である。
 四句「後れても又」は、母に先立たれて後に残されても、また、の意である。本巻の第五百五十三首は「後れじと」と、残されまいと願う心を詠む。
 結句「悲しかりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、悲しいことであった、の意である。本巻の第五百八十四首と同じ結句である。

おこたる:病気がよくなる
さきだつ:先に死ぬ
おくる:後に残る、先立たれる
作者
静縁
出典
千載和歌集
前の歌
思ひきや今日打ち鳴らす鐘の音に 伝へし笛の音を添へんとは
次の歌
待つらむと思はばいかに急がまし 跡を見にだにまどふ心を