我が床はしのぶの奥の真菅原
露かかりても知る人のなき
- 歌の意味
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私の寝床は、信夫の奥の真菅原のようだ。忍んで流す涙の露がかかっても、それを知る人もいない。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 689
詞書は前の歌に続き「題しらず」
私の寝床は、信夫の奥の真菅原だ、露がかかっても知る人もいない、と詠む。陸奥の信夫に「忍ぶ」を掛け、人の踏み入らない奥地の菅原に置く露のように、独り寝の床で忍んで流す涙を誰も知らないと、忍ぶ恋の孤独を詠んでいる。
作者の「大中臣定雅」は伊勢神宮の祭主を務めた大中臣氏の人である。経歴の詳細は多く伝わらない。
結句の「知る人のなき」は本巻の第六百六十八首の結句と同じ句である。また次歌の第六百九十首、次々歌の第六百九十一首も「しのぶの山」を詠み、「しのぶ」の地名に寄せる歌が続く。
初句「我が床は」は、私の寝床は、の意である。
二句「しのぶの奥の」の「しのぶ」は、陸奥国の信夫と、恋心を忍ぶ意を掛ける。次歌、次々歌の「しのぶの山」と同じく信夫の地を詠む。
三句「真菅原」は、菅の生い茂る野原で、寝床の比喩となる。ここで句切れとなる。
四句「露かかりても」の「露」は菅原に置く露で、涙をたとえる。露がかかっても、の意である。
結句「知る人のなき」は、知る人もいない、の意で、連体形で終わり余情を残す。第六百六十八首の結句と同じ句である。
とこ:寝床
しのぶ:陸奥国の信夫と、恋心を忍ぶ意を掛ける
ますげはら:菅の生い茂る野原
- 作者
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大中臣定雅
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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色見えぬ心のほどを知らするは 袂を染むる涙なりけり
- 次の歌
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君恋ふる涙時雨と降りぬれば しのぶの山も色づきにけり