色見えぬ心のほどを知らするは
袂を染むる涙なりけり
- 歌の意味
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色に見えない心の深さを人に知らせるのは、袂を紅に染める涙であったのだ。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 688
詞書は前の歌に続き「題しらず」
色に見えない心の程度を知らせるのは、袂を染める涙であった、と詠む。目に見えない恋心の深さは、袂を紅に染めるほどの涙によってこそ知られると、涙を心の色の現れとして詠んでいる。
作者の「祐盛法師」は源俊頼の子である。俊恵の弟にあたる僧で、歌人として知られた。
前歌の第六百八十七首と同じく涙の色を詠む。また本巻の第六百四十三首が、心に色があればと詠んだのに対し、本歌は色の見えない心を涙が知らせると詠む。結句の「涙なりけり」は第六百六十二首、第六百九十七首の結句と同じ句である。
初句「色見えぬ」は、色に見えない、の意である。第六百四十三首の三句「色ならば」と対照をなす。
二句「心のほどを」の「ほど」は程度、深さで、恋心の深さを、の意である。
三句「知らするは」は、人に知らせるのは、の意である。
四句「袂を染むる」の「染むる」は「染む」の連体形で、袂を紅に染める、の意である。前歌の結句「色となりけれ」と照応する。
結句「涙なりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、涙であったのだ、の意である。第六百六十二首、第六百九十七首の結句と同じ句である。
たもと:袖、袂
そむ:色を染める
- 作者
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祐盛
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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人知れず思ひそめてし心こそ 今は涙の色となりけれ
- 次の歌
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我が床はしのぶの奥の真菅原 露かかりても知る人のなき