つらしとも恨むる方ぞなかりける
憂きを厭ふは君ひとりかは
- 歌の意味
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薄情だと恨む筋合いもなかったのだ。つらく情けないものを厭うのは、あなた一人であろうか。この身を厭うのは私も同じなのだから。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 931
詞書「恋歌とて詠める」
恋の歌として詠んだものである。薄情だと恨む筋合いもなかったのだ、つらく情けないものを厭うのはあなた一人であろうか、と詠む。相手が自分を避けるのは、自分がつらく情けない身の上であるからで、そのような身を厭うのは相手だけではなく自分自身も同じであるから、相手を薄情だと恨むことはできないと、自嘲をこめて詠んでいる。
作者の「祐盛法師」は源俊頼の子である。俊恵の弟にあたる僧で、歌人として知られた。
本歌から第九百三十三首までは「憂き」の語を共有する歌が続く。本歌が憂き身を厭うのは君一人ではないと詠み、次歌の第九百三十二首は「憂き身ゆゑこそ人もつらけれ」と、相手のつれなさを我が身の憂さのゆえと見て、自らを省みる趣が通う。
初句「つらしとも」の「つらし」は薄情である、冷たい、の意で、相手を薄情だとも、の意である。
二句「恨むる方ぞ」の「方」は手立て、筋合いの意で、恨む筋合いも、の意である。「ぞ」は強意の係助詞で、三句の「ける」と連体形で結ぶ。
三句「なかりける」の「ける」は気づきの詠嘆の助動詞「けり」の連体形で、二句の「ぞ」を受けて結ぶ。なかったのだ、の意である。ここで句切れとなる。
四句「憂きを厭ふは」の「憂き」はつらく情けないもの、ここでは我が身をさす。「厭ふ」は嫌って避ける意である。次歌の第九百三十二首の四句「憂き身ゆゑこそ」と「憂き」の語を共有する。
結句「君ひとりかは」の「かは」は反語の係助詞で、あなた一人であろうか、いや私自身も同じである、の意である。
いとふ:嫌って避ける
かた:手立て、筋合い
- 作者
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祐盛
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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久方の月ゆゑにやは恋ひ初めし 眺むればまづ濡るる袖かな
- 次の歌
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思ひ知る心のなきを嘆くかな 憂き身ゆゑこそ人もつらけれ