- 歌の意味
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声を忍んで泣く私の袂は、紅の色に表れてしまった。忍ぼうとする心にも似ない、我が涙であることよ。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 694
詞書は前の歌に続き「摂政右大臣の時の百首歌に、忍恋の心を詠み侍りける」
前歌と同じ百首歌で「忍ぶ恋」の題により詠んだ歌である。声を忍んで泣く袂は色に出てしまった、心にも似ない我が涙だ、と詠む。声だけは忍ばせて泣いていても、紅の涙に染まった袂が恋を表してしまい、忍ぼうとする心とは裏腹な涙を嘆いている。
作者の「皇嘉門院別当」は太皇太后宮亮源俊隆の娘である。崇徳天皇の皇后であった皇嘉門院聖子に仕えた。小倉百人一首にも歌が採られている。
前歌の第六百九十三首と同じ百首の歌で、忍ぶ心に反して表に現れる涙を詠む。また本巻の第六百八十七首、第六百八十八首と同じく、涙の色を詠む。
初句「忍び音の」の「忍び音」は、声をひそめて泣くことである。
二句「袂は色に」は、袂は色に、の意で、涙に染まった袂の色をいう。第六百八十八首の四句「袂を染むる」と通う。
三句「出でにけり」の「に」は完了、「けり」は気づきの詠嘆で、表に出てしまったことだ、の意である。ここで句切れとなる。
四句「心にも似ぬ」は、忍ぼうとする心にも似ない、の意である。
結句「我が涙かな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、我が涙であることよ、の意である。
しのびね:声をひそめて泣くこと
たもと:袖、袂
- 作者
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皇嘉門院別当
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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あさましや抑ふる袖の下くくる 涙の末を人や見つらん
- 次の歌
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同じくは重ねてしほれぬれ衣 さても干すべきなき名ならじを