恋ゆゑはさもあらぬ人ぞ恨めしき
我よそならば問はましものを
- 歌の意味
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恋のためには、恋の相手でもない人までが恨めしい。もし私が関わりのない立場であったならば、恋に苦しむ人を見舞って言葉をかけるだろうに。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌二 768
詞書は前の歌に続き「恋歌とて詠める」
前歌と同じく恋の歌として詠んだ歌である。恋のためには、そうでもない人までが恨めしい、自分がよその者であったならば見舞うだろうに、と詠む。恋に苦しむ自分を誰も気にかけてくれないことを嘆き、自分が他人の立場であれば必ず声をかけるのにと、恋の相手ばかりか周りの人までが恨めしく思われる心を表している。
作者の「菅原是忠」は平安時代末期の官人、歌人である。経歴の詳細は多く伝わらない。
本巻の第七百六十一首は本歌と同じ結句「問はましものを」で結ばれる。第七百六十一首が恋の報いを知る人に問いたいと詠むのに対し、本歌は他人の立場ならば恋に苦しむ人を見舞うだろうにと詠み、同じ結句を異なる意で用いている。
初句「恋ゆゑは」は、恋のためには、の意である。
二句「さもあらぬ人ぞ」の「さもあらぬ」は、そうでもない、関わりのない、の意で、恋の相手ではない人をいう。「ぞ」は強意の係助詞で、三句の連体形「恨めしき」と係り結びをなす。
三句「恨めしき」は、恨めしい、の意で、ここで句切れとなる。
四句「我よそならば」の「よそ」は関わりのない立場で、自分が他人であったならば、の意である。結句の「まし」と呼応する。
結句「問はましものを」の「問ふ」は見舞う、安否を尋ねる意で、「まし」は反実仮想、「ものを」は逆接の詠嘆である。見舞うだろうに、の意となる。本巻の第七百六十一首の結句と同じ句である。
とふ:見舞う。安否を尋ねる
よそ:自分とは関わりのない立場
- 作者
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菅原是忠
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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いたづらにしをるる袖を朝露に 帰る袂と思はましかば
- 次の歌
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思ひせく心の内のしがらみも 堪へずなりゆく涙川かな