いたづらにしをるる袖を朝露に
帰る袂と思はましかば
- 歌の意味
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逢うこともなくむなしく涙に濡れしおれている私の袖を、恋人のもとから朝露の中を帰っていく人の袂だと思うことができたならば、どんなによいだろう。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌二 767
詞書は前の歌に続き「恋歌とて詠める」
前歌と同じく恋の歌として詠んだ歌である。むなしく濡れしおれる袖を、朝露の中を帰る人の袂と思えたならば、と詠む。恋人と一夜を過ごして朝露の中を帰る人の袖も濡れるが、自分の袖は逢うこともないまま涙に濡れるばかりであり、せめてそれを後朝の帰り道に濡れた袂と思えたらと、かなわぬ恋の嘆きを表している。
作者の「俊恵法師」は源俊頼の子である。東大寺の僧で、白川の自坊を歌林苑と名付けて歌人たちを集め、歌会を催した。鴨長明の和歌の師である。小倉百人一首にも歌が採られている。
第七百六十五首、第七百六十六首に続いて夜明けの頃を詠み、第七百四十九首の「帰る」とも通い合う。本巻には袖の濡れを詠む歌が多いが、本歌は濡れた袖を逢瀬の後の袖に見立てようとする点に新しさがある。
初句「いたづらに」は、むなしく、甲斐もなく、の意で、逢うこともないままに、という含みをもつ。
二句「しをるる袖を」の「しをる」は濡れてぐったりとしおれる意で、涙に濡れしおれた袖を、の意である。
三句「朝露に」は、朝露の中を、の意で、四句の「帰る」にかかる。
四句「帰る袂と」は、恋人のもとから帰る人の袂と、の意で、後朝の別れの帰り道をいう。第七百四十九首の三句「帰るらん」と、恋人のもとから帰ることを詠む点で通う。
結句「思はましかば」の「ましかば」は反実仮想の条件で、思えたならば、の意である。あとに、どんなによいだろう、という意が省略されている。
しをる:濡れてぐったりとしおれる
たもと:袖。袖の下の垂れた部分
- 作者
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俊恵
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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夜もすがら物思ふころは明けやらぬ 閨のひまさへつれなかりけり
- 次の歌
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恋ゆゑはさもあらぬ人ぞ恨めしき 我よそならば問はましものを