命こそおのがものから憂かりけれ
あればぞ人をつらしとも見る
- 歌の意味
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命こそ、自分のものでありながら、つらいものであった。生きているからこそ、あの人を薄情だと思いもするのだ。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 833
詞書は前の歌に続き「題しらず」
命こそ自分のものでありながらつらいものだった、生きているからこそ人をつらいとも思うのだ、と詠む。相手の薄情を恨むのも、自分が生きているからこそであり、恨みの根は相手ではなく自分の命そのものにあると、つらさの原因を自らの命に見いだす、思いつめた恋の歌である。
作者の「皇嘉門院尾張」は崇徳天皇の中宮皇嘉門院藤原聖子に仕えた女房である。経歴の詳細は多く伝わらない。
本巻の第八百十八首は、命はあるのにつらさに堪えないのは涙だと詠み、命とつらさとを結びつける点で本歌と対応する。
初句「命こそ」の「こそ」は強意の係助詞で、三句の「けれ」と係り結びをなす。本巻の第八百十八首の二句「さても命は」と同じく、命を詠む。
二句「おのがものから」の「ものから」は逆接の接続助詞で、自分のものでありながら、の意である。
三句「憂かりけれ」の「憂し」はつらい意、「けれ」は気づきの詠嘆の助動詞「けり」の已然形で、初句の「こそ」の結びとなる。つらいものであった、の意である。ここで句切れとなる。
四句「あればぞ人を」の「あれば」は、生きているので、の意、「ぞ」は強意の係助詞で、結句の「見る」と連体形で結ぶ。
結句「つらしとも見る」の「つらし」は薄情である意、「見る」は思う、判断する意で、「ぞ」の結びとなる。あの人を薄情だと思いもするのだ、の意である。
みる:思う、判断する
- 作者
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皇嘉門院尾張
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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紅にしをれし袖も朽ち果てぬ あらばや人に色も見すべき
- 次の歌
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何とかやしのぶにはあらで故郷の 軒端に茂る草の名ぞ憂き