何とかやしのぶにはあらで故郷の
軒端に茂る草の名ぞ憂き
- 歌の意味
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何といったか、しのぶ草ではなくて、古びた里の軒端に茂る草の名、つまり忘れ草という名がつらいことだ。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 834
詞書「契ること侍りけるを忘れたる女に遣はしける」
契りを交わしていたのに、それを忘れてしまった女に贈った歌である。何といったか、しのぶ草ではなく、古びた里の軒端に茂る草の名がつらい、と詠む。荒れた家の軒端にはしのぶ草と忘れ草がともに生えるとされたが、あなたの心に茂っているのは、昔を偲ぶしのぶ草ではなく、忘れ草であるらしいと、わざと名を言わずに忘れ草をほのめかして、約束を忘れた相手を恨んでいる。
作者の「右近中将忠良」は藤原忠良である。摂政藤原基実の子で、右近中将を務め、のちに大納言に至った。
初句「何とかや」の「や」は疑問の係助詞で、何といったか、の意である。わざと草の名を言わずにほのめかす。ここで句切れとなる。
二句「しのぶにはあらで」の「しのぶ」は、軒端に生えるしのぶ草と、昔を「偲ぶ」意とを掛ける。「で」は打消の接続助詞で、しのぶ草ではなくて、の意である。
三句「故郷の」の「故郷」は古びた里、昔なじみの所で、相手の住まいを指す。
四句「軒端に茂る」の「軒端」は軒の端で、荒れた家の軒端にしのぶ草とともに忘れ草が茂るとされた。
結句「草の名ぞ憂き」の「草の名」は忘れ草の名を指す。「ぞ」は強意の係助詞で、「憂き」と連体形で結ぶ。名を明かさずに、約束を忘れた相手を恨む。
しのぶ:軒端に生えるしのぶ草に、昔を「偲ぶ」意を掛ける
のきば:軒の端
わすれぐさ:萱草。身につけると憂いを忘れるとされ、恋を忘れることにたとえる
- 作者
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藤原忠良
- 出典
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千載和歌集
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命こそおのがものから憂かりけれ あればぞ人をつらしとも見る
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見し夢の覚めぬやがての現にて 今日と頼めし暮を待たばや