厭はるるそのゆかりにていかなれば
恋は我が身を離れざるらん
- 歌の意味
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恋しい人には厭われているというのに、その人とのゆかりであるからといって、どういうわけで、恋は私の身を離れずにいるのだろう。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 935
詞書は前の歌に続き「恋歌とて詠める」
前の四首と同じく恋の歌として詠んだものである。厭われているその縁で、どういうわけで恋は我が身を離れないのだろう、と詠む。恋しい人からは厭われて遠ざけられているのに、その人とのゆかりである恋だけはどうして自分から離れていかないのかと、人は離れても恋は離れないという皮肉を嘆いている。
作者の「源仲頼」は平安時代末期の歌人である。経歴の詳細は多く伝わらない。
本巻の第九百三十一首の「憂きを厭ふは」と「厭ふ」の語を共有し、厭う側から詠んだ第九百三十一首に対し、本歌は厭われる側から詠んで、反転した構図をなしている。
初句「厭はるる」の「るる」は受身の助動詞「る」の連体形で、恋しい人に厭われる、の意である。本巻の第九百三十一首の四句「憂きを厭ふは」と「厭ふ」の語を共有する。
二句「そのゆかりにて」の「ゆかり」は縁、つながりの意で、厭われているその人との縁によって、の意である。
三句「いかなれば」は、どういうわけで、の意である。
四句「恋は我が身を」は、恋という思いは私の身を、の意で、恋を人のように見立てている。
結句「離れざるらん」の「ざる」は打消しの助動詞「ず」の連体形、「らん」は原因を推量する現在推量の助動詞「らむ」で、離れないのだろう、の意である。人は離れても恋は離れない、という対比が浮かび上がる。
いとふ:嫌って避ける
ゆかり:縁、つながり
- 作者
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源仲頼
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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はかなくぞ後の世までと契りける まだきにだにも変はる心を
- 次の歌
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思ひあまりうち寝る宵の幻も 波路を分けて行き通ひけり