思ひあまりうち寝る宵の幻も
波路を分けて行き通ひけり
- 歌の意味
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思いがあふれるあまり、ふと寝入った宵に見た幻も、海路の波をかき分けて、遠いあの人のもとへと行き通っていたのだ。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 936
詞書「隔海路恋といへる心を詠める」
「海路を隔つる恋」という題で詠んだ歌である。思いが余ってふと寝入った宵の幻も、波路を分けて行き通っていたのだ、と詠む。海を隔てて逢えない恋人を思い余って寝入ると、夢に現れる幻の姿は、波の道をかき分けて行き来していたと詠み、現実には越えられない海も、思いの強さによって夢の中では越えて通うことができると表している。源氏物語桐壺巻で、楊貴妃の魂を海上の仙山に尋ねた方士を「幻」と呼んだことを思わせる、幻想的な一首である。
作者の「鴨長明」は下鴨社の禰宜鴨長継の子である。俊恵に和歌を学び、のちに出家して蓮胤と号し、日野の方丈に住んで「方丈記」を著した。歌論書に「無名抄」がある。
本巻の第九百四十八首は「関路を隔つる恋」の題の歌で、本歌が海路を隔てた恋人のもとへ夢の幻が通うと詠むのに対し、第九百四十八首は関路を越えていく嘆きを詠み、海路と関路の隔てが対をなしている。
初句「思ひあまり」は字余りで、思いがあふれて抑えきれずに、の意である。
二句「うち寝る宵の」の「うち」は接頭語で、ふと寝入った宵の、の意である。
三句「幻も」の「幻」は夢に現れるはかない姿をいう。源氏物語桐壺巻で、楊貴妃の魂を海上に尋ねた方士を「幻」と呼んだことを思わせる。「も」には、自分は行けないが幻だけでも、の含みがある。
四句「波路を分けて」の「波路」は海上の道、船路で、題の「海路」を受ける。波をかき分けて、の意である。本巻の第九百四十八首の二句「越ゆる関路に」と、隔ての道を詠む点で対をなす。
結句「行き通ひけり」の「けり」は気づきの詠嘆の助動詞で、行き来していたのだ、の意である。
まぼろし:夢に現れるはかない姿。また幻術を使う方士
なみぢ:海上の道、船路
うちぬ:ふと寝入る
- 作者
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鴨長明
- 出典
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千載和歌集
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厭はるるそのゆかりにていかなれば 恋は我が身を離れざるらん
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年経れど憂き身はさらに変はらじを つらさも同じつらさなるらん