水の色のただ白雲と見ゆるかな
誰さらしけん布引の滝
- 歌の意味
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水の色がただ白雲のように見えることだ。誰が布をさらしたのだろうか、布引の滝は。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1037
詞書「京極前太政大臣、布引の滝見侍りける時、詠み侍りける」
京極前太政大臣藤原師実が布引の滝を見物した時に詠んだ歌である。水の色がただ白雲と見えることだ、誰がさらしたのだろう、布引の滝は、と詠む。白く流れ落ちる滝を白雲に見立て、さらに「布引」という名から、誰かが白い布をさらしたのかと興じている。「布」「さらす」は縁語である。
作者の「六条右大臣」は源顕房である。右大臣源師房の子で、右大臣にのぼった。娘の賢子が白河天皇の中宮となり、堀河天皇の外祖父となった。
本巻の第千三十四首の「白雲にまがひやせまし」と、滝を白雲に見立てる点で応じている。また第千四十首と結句「布引の滝」を共有する。
初句「水の色の」は、滝の水の色が、の意である。六音の字余りである。
二句「ただ白雲と」は、まるで白雲のように、の意である。本巻の第千三十四首の初句「白雲に」と応じる。
三句「見ゆるかな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、見えることだ、の意である。ここで句切れとなる。
四句「誰さらしけん」の「さらす」は、布を水で洗い日に当てて白くする意で、「けん」は過去推量の助動詞である。誰がさらしたのだろうか、の意で、「布引」の「布」と縁語をなす。
結句「布引の滝」は、摂津国の生田川上流にある滝で、体言止めとなっている。本巻の第千四十首の結句と同じ句である。
さらす:布を水で洗い日に当てて白くする
ぬのびきのたき:摂津国の生田川上流にある滝、歌枕
- 作者
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源顕房
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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抜けば散る抜かねば乱るあしひきの 山より落つる滝の白玉
- 次の歌
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葦鶴に乗りて通へる宿なれば 跡だに人は見えぬなりけり