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葦鶴に乗りて通へる宿なれば
跡だに人は見えぬなりけり

歌の意味
仙人が鶴に乗って通っていた住まいなので、足跡さえ人には見えないのであったよ。
鑑賞
巻第十六 雑歌上 1038

詞書「竜門寺に詣でて、仙室に書きつけ侍りける」
 竜門寺に参詣して、仙人の住んだという部屋に書きつけた歌である。鶴に乗って通った住まいなので、足跡さえ人には見えないのであった、と詠む。竜門寺は大和国吉野にあった寺で、仙人が住んだという伝えがある。仙人は鶴に乗って空を通ったので地上には足跡も残っていないと、伝説の地の神秘を機知をもって詠んでいる。
 作者の「能因法師」は俗名を橘永愷という。出家して諸国を旅し、多くの歌枕を訪ねた。中古三十六歌仙の一人で、小倉百人一首にも歌が採られている。
 次歌の第千三十九首も同じ竜門寺を詠み、「跡」の語を共有する。本歌が跡さえ見えないと詠むのに対し、次歌はむなしい跡を谷風が払うと詠む。また吉野の竜門寺を詠むことで、本巻の第千三十四首の吉野の滝とも地の縁でつながっている。

 初句「葦鶴に」の「葦鶴」は、葦の生える水辺にいる鶴の意で、鶴の歌語である。
 二句「乗りて通へる」の「る」は存続の助動詞「り」の連体形で、鶴に乗って通っていた、の意である。仙人が鶴に乗って空を行き来したことをいう。
 三句「宿なれば」は、住まいであるので、の意である。
 四句「跡だに人は」の「だに」は、〜さえ、の意で、足跡さえ人には、の意である。次歌の第千三十九首の二句「昔の跡を」と応じる。
 結句「見えぬなりけり」の「なり」は断定の助動詞、「けり」は気づきの詠嘆で、見えないのであったよ、の意である。

あしたづ:鶴
せんしつ:仙人の住む部屋
かよふ:行き来する
作者
能因
出典
千載和歌集
前の歌
水の色のただ白雲と見ゆるかな 誰さらしけん布引の滝
次の歌
山人の昔の跡を来て見れば むなしき床を払ふ谷風