- 歌の意味
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難波潟の潮路をはるかに見渡すと、春霞の中に沖の釣舟が浮かんでいる。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1049
詞書「眺望の心を詠める」
「眺望」の題で詠んだ歌である。難波潟の潮路をはるかに見渡すと、霞に浮かぶ沖の釣舟が見える、と詠む。春霞のかかる難波の海を遠く見渡すと、沖の釣舟が霞の中に浮かんでいるように見えるという、のどかでかすんだ春の海の景を描いている。
作者の「円玄法師」は平安時代後期の僧で、伝記の詳細は明らかでない。
前歌の第千四十八首と三句「見渡せば」を共有し、前歌が空にまがう釣舟を詠むのに対し、本歌は霞に浮かぶ釣舟を詠んでいる。また次歌の第千五十首とは「霞」を共有し、春の海の眺望が続く。
初句「難波潟」は、摂津国の難波の入り江で、歌枕である。
二句「潮路はるかに」の「潮路」は、潮の流れる海路の意で、海路をはるかに、の意である。
三句「見渡せば」は、見渡すと、の意である。前歌の第千四十八首、本巻の第千四十七首の三句と同じ句である。
四句「霞に浮かぶ」は、春霞の中に浮かんでいる、の意である。次歌の第千五十首の初句「春霞」と応じる。
結句「沖の釣舟」は体言止めで、前歌の結句「海人の釣舟」と応じる。
なにはがた:摂津国の難波の入り江、歌枕
しほぢ:潮の流れる海路
- 作者
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円玄
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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はるばると御前の沖を見渡せば 雲居にまがふ海人の釣舟
- 次の歌
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春霞絵島が崎をこめつれば 波のかくとも見えぬ今朝かな