世の憂さを思ひしのぶと人も見よ
かくてふるやの軒の気色を
- 歌の意味
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世のつらさを思い、じっと耐え忍んでいるのだと、人も見てほしい。こうして年を経て住む古家の、軒に忍ぶ草の生い茂るありさまを。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1085
詞書「題知らず」
世のつらさを思い忍んでいると人も見てほしい、こうして年を経て住む古家の軒のありさまを、と詠む。古びた家の軒には忍ぶ草が生い茂っている。そのありさまを指して、これこそ自分が世のつらさを耐え忍んで暮らしているしるしだと、人にも見てほしいと訴えている。軒の荒れた景に、不遇を忍んで年を重ねる我が身を託した歌である。
作者の「藤原公重朝臣」は藤原通季の子である。通季は西園寺家の祖にあたる。
前歌の第千八十四首と同じく、我が身の境遇を人に察してほしいと訴える歌である。
初句「世の憂さを」は、世の中のつらさを、の意である。
二句「思ひしのぶと」の「しのぶ」は、耐え忍ぶ意と、軒に生える忍ぶ草を掛ける掛詞である。
三句「人も見よ」の「見よ」は命令形で、人も見てほしい、の意である。ここで句切れとなる。
四句「かくてふるやの」の「ふるや」は、年を「経る」と「古屋」を掛ける掛詞で、こうして年を経て住む古家の、の意である。
結句「軒の気色を」は、軒のありさまを、の意で、三句の「見よ」の対象を倒置によって示している。軒に生える忍ぶ草が二句の掛詞と響き合う。
しのぶ:「耐え忍ぶ」の意と、軒に生える「忍ぶ草」を掛ける
ふるや:「年を経る」の「経る」と「古屋」を掛ける
けしき:ありさま、様子
- 作者
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藤原公重
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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思ひやれとよにあまれる灯火の かかげかねたる心細さを
- 次の歌
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引く人もなくて捨てたる梓弓 心強きもかひなかりけり