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鳥辺山君尋ぬとも朽ち果てて
苔の下には答へざらまし

歌の意味
もし私が死んでいたなら、鳥辺山にあなたが訪ねて来てくれても、私はすっかり朽ち果てて、苔の下からは答えることもなかっただろう。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1144

詞書「病ありて東山なる所に侍りけるを、宜しくなりて後、いかがと人の問ひて侍りければ、返り事に詠める」
 病にかかって東山のある所にいたが、快方に向かった後、人が具合はどうかと尋ねてくれたので、その返事として詠んだ歌である。鳥辺山にあなたが尋ねて来ても、朽ち果てて苔の下からは答えなかっただろう、と詠む。もし病で死んでいたならば、東山の鳥辺山に葬られ、あなたが訪ねて来てくれても、苔の下で朽ちた身は答えることもできなかっただろうと言い、命拾いしたことを、死を仮定する形でしみじみと伝えている。
 作者の「大江公景」は平安時代後期の歌人で、伝記の詳細は明らかでない。
 本巻の第千百五十五首の二句「苔の下にも」と「苔の下」を共有し、ともに墓の中を思いやる。本歌は自らが葬られた場合を仮定し、第千百五十五首は亡き父の墓の下を思いやっている。

 初句「鳥辺山」は、京の東山の麓にあった葬送の地で、詞書の「東山」と応じている。
 二句「君尋ぬとも」は、あなたが訪ねて来ても、の意で、仮定の逆接を表す。
 三句「朽ち果てて」は、すっかり朽ちてしまって、の意である。
 四句「苔の下には」は、苔の生えた墓の下では、の意である。本巻の第千百五十五首の二句「苔の下にも」と同じ言葉である。
 結句「答へざらまし」の「まし」は反実仮想の助動詞で、答えなかっただろう、の意である。実際には生き延びたことを裏に含んでいる。

とりべやま:京の東山の麓にあった葬送の地
こけのした:苔の下、墓の中
くちはつ:すっかり朽ちてしまう
作者
大江公景
出典
千載和歌集
前の歌
大井川戸無瀬の滝に身を投げて はやくと人に言はせてしかな
次の歌
分けわびて厭ひし庭の蓬生も かれぬと思ふはあはれなりけり