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あしたづは霞を分けて帰るなり
迷ひし雲路けふや晴るらん

歌の意味
葦辺の鶴は、春の霞を分けて雲の上へと帰っていくということだ。迷っていた雲路も、今日こそは晴れることだろう。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1159

詞書「このよしを奏し申し侍りければ、いとかしこくあはれがらせおはしまして、今ははや還昇仰せ下すべきよし御気色ありて、心晴るるよしの返事仰せ遣はせと仰せ下されければ、詠みて遣はしける」
 前歌の第千百五十八首の願いを院に申し上げたところ、院はたいそう深く哀れにお思いになり、今はもう還昇を仰せ下すべきであるとのご意向を示され、心が晴れるようにとの返事を遣わせとお命じになったので、定長が詠んで俊成に贈った歌である。原文にはさらに「この道の御あはれみ、昔の聖代にも異ならずとなん、時の人申し侍りける」と記され、和歌の道に対する院のお情けは昔の聖代にも劣らないと、当時の人々が称えたことが伝えられている。鶴は霞を分けて帰るということだ、迷った雲路も今日は晴れるだろう、と詠む。前歌の鶴、雲路、霞の言葉をそのまま受けて、定家の還昇が許されることを告げ、子を案じる俊成の心を晴らしている。
 作者の「藤原定長朝臣」は藤原光房の子である。後白河院の近臣で、蔵人頭などを経て参議に至った。寂蓮の俗名と同じ名であるが別人である。
 雑歌中の巻末の一首である。前歌の第千百五十八首への返歌で、前歌の「あしたづ」「雲路迷ひし」「霞」を受け、「隔て果つべき」の不安を「晴るらん」と晴らしている。巻頭の第千五十二首が鳥羽院の御製であったのに対し、巻末は後白河院の恩情を伝える歌で、院にまつわる歌で巻が始まり、院にまつわる歌で巻が閉じられている。巻頭の歌が春の花に老いの嘆きを詠んだのに対し、巻末は春の霞の晴れる喜びで巻を結んでいる。

 初句「あしたづは」は、前歌の第千百五十八首の初句「あしたづの」を受け、定家をたとえている。
 二句「霞を分けて」は、春の霞をかき分けて、の意である。前歌の第千百五十八首の四句「霞をさへや」と「霞」を共有し、霞が隔てるという不安に、霞を分けて帰ると応じている。
 三句「帰るなり」の「なり」は伝聞推定の助動詞で、院のご意向を伝える心から、帰るということだ、の意に解される。殿上に還ることを言う。ここで句切れとなる。
 四句「迷ひし雲路」は、迷っていた宮中への道、の意で、前歌の第千百五十八首の二句「雲路迷ひし」を受けている。
 結句「けふや晴るらん」の「や」は疑問の係助詞で、「らん」は現在推量の助動詞の連体形として結びとなる。今日こそ晴れるだろう、の意で、詞書の「心晴るる」に応じ、雲路の晴れることに俊成の心の晴れることを重ねている。巻頭の第千五十二首の結句「いつか見るべき」が後の春を危ぶんだのに対し、本歌は春の今日に晴れる喜びで巻を閉じている。

そうす:天皇や院に申し上げる
せいだい:すぐれた天子の治める世
げんじよう:一度殿上の籍を除かれた者が再び昇殿を許されること
作者
藤原定長
出典
千載和歌集
前の歌
あしたづの雲路迷ひし年暮れて 霞をさへや隔て果つべき
次の歌
世の中は憂き身に添へる影なれや 思ひ捨つれど離れざりけり