- 歌の意味
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迷いの夢から覚めるその暁を待つ間の、闇をも照らしてくれ、仏法の灯火よ。
- 鑑賞
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巻第十九 釈教歌 1210
詞書「御嶽に詣で侍りける精進のほど、金泥の法華経書き奉りて、かの御山に納め奉らんとて参り侍りける時、思ふ心や侍りけん、物に書き付けて置き侍りける、かくて詣で侍りて、かの山にてなん身まかりにける、その後故郷にて、この歌は見出でて侍りけるとなん」
金峰山に参詣するための精進の期間に、金泥で法華経を書写し、それを御山に納めようと出かける時、思うところがあったのだろうか、物に書きつけて置いていった歌である。作者はそのまま参詣して、その山で亡くなり、のちに故郷でこの歌が見つかったという。迷いの夢から覚める暁を待つ間の闇をも照らせ、法の灯火よ、と詠む。暁は弥勒菩薩がこの世に現れて衆生を救う時を思わせ、それまでの長い闇を法華経の光が照らしてくれと願った歌で、死を予感したかのような詠みぶりが、詞書の経緯とあいまって哀れ深い。
作者の「藤原敦家朝臣」は平安時代後期の官人で、詞書によれば金峰山に参詣してその地で亡くなった。
次歌の第千二百十一首と「灯火」を共有し、本歌が法の灯火に闇を照らすことを願い、次歌が仏の霊験によって消えない灯火を詠んでいる。
初句「夢覚めん」の「夢」は迷いの世の夢で、「ん」は推量の助動詞「む」の連体形である。
二句「その暁を」の「暁」は、迷いの夢から覚めて悟りを得る時で、弥勒菩薩の出世の時を思わせる。本巻の第千二百三十六首の初句「暁を」と同じく、仏の現れる暁を待つ心を詠んでいる。
三句「待つほどの」は、待つ間の、の意である。
四句「闇をも照らせ」の「闇」は迷いの世の暗さで、「照らせ」は命令形である。ここで句切れとなり、倒置の形で結句に呼びかける。
結句「法の灯火」は、仏法を闇を照らす灯火にたとえたもので、体言止めとなっている。次歌の第千二百十一首の四句「まだ灯火も」と照らし合う。
みたけ:大和国の金峰山
こんでい:金粉を膠で溶いたもの、経文の書写に用いた
みまかる:死ぬ
のり:仏法
- 作者
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藤原敦家
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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薪尽き煙も澄みて去りにけん これや名残と見るぞ悲しき
- 次の歌
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世を照らす仏のしるしありければ まだ灯火も消えぬなりけり