秋の田のかりほの庵の苫をあらみ
わが衣手は露に濡れつつ
- 歌の意味
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秋の田のほとりの仮小屋は、屋根を葺いた苫の目が粗いので、私の袖は夜露に濡れ続けている。
- 鑑賞
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巻第六 秋歌中 302
詞書「題しらず」
秋の田の番をする仮小屋は、屋根の苫の目が粗いので、私の袖は夜露に濡れ続けていると詠んだ歌である。稲の刈り入れどきに、田のほとりの仮小屋で夜を過ごすわびしさを表している。
小倉百人一首の巻頭に採られた歌として名高い。万葉集巻十の作者未詳の歌「秋田刈る仮廬を作り我が居れば衣手寒く露ぞ置きにける」が、伝えられるうちに形を変え、天智天皇の歌とされたものと考えられている。本巻の第二百九十五首も同じ「秋の田のかりほの」の句で始まっている。
作者は天智天皇である。舒明天皇の皇子で、中大兄皇子として大化の改新を進め、のちに近江大津宮で即位した。
初句「秋の田の」は、秋の実った田の、の意で、本巻の第二百九十五首と同じ初句である。
二句「かりほの庵の」の「かりほ」は、仮の小屋「仮庵」と、刈り取った稲の穂「刈穂」を掛けた掛詞である。本巻の第二百九十五首の二句「かりほの宿の」と同じ掛詞を用いている。
三句「苫をあらみ」は、苫の編み目が粗いので、の意で、いわゆるミ語法である。
四句「わが衣手は」は、私の袖は、の意である。本巻の第三百二十八首も初句に「衣手は」を置いている。
結句「露に濡れつつ」の「つつ」は継続を表し、露に濡れ続けている、の意である。つつ止めで、夜通し濡れ続けるわびしさの余韻を残している。
かりほ:田の番をする仮の小屋「仮庵」と、刈り取った稲の穂「刈穂」を掛ける
とま:菅や茅を編んで作った、屋根などを覆うむしろ
ころもで:袖
- 作者
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天智天皇
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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秋萩の色づく秋をいたづらに あまた数へて老いぞしにける
- 次の歌
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わが袖に露ぞ置くなる天の河 雲のしがらみ波や越すらん