わが袖に露ぞ置くなる天の河
雲のしがらみ波や越すらん
- 歌の意味
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私の袖に露が置いているようだ。天の川の、雲のしがらみを波が越えているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第六 秋歌中 303
詞書「題しらず」
袖に露が置いているようなのは、天の川で雲のしがらみを波が越えて、こぼれ落ちてくるからだろうかと詠んだ歌である。地上の露を、天の川からあふれた波のしずくと見立てた、壮大な想像の歌である。
本巻ではこのあと、露を詠む歌が続いていく。巻第五の第二百四十二首も、秋の白露を天の川を隔てて恋う織女の涙と見立てている。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「わが袖に」は、私の袖に、の意である。
二句「露ぞ置くなる」の「なる」は推定の助動詞「なり」の連体形で、係助詞「ぞ」と係り結びをなす。露が置いているようだ、の意で、ここで句切れとなる。
三句「天の河」は、天の川、の意で、巻第五の七夕の歌の一連に通じている。
四句「雲のしがらみ」は、雲を、川の流れをせき止めるしがらみに見立てている。本巻の第三百二十九首も「天の河しがらみかけて」と、天の川のしがらみを詠んでいる。
結句「波や越すらん」の「や」は疑問の係助詞で、連体形「らん」と係り結びをなし、波が越えているのだろうか、の意である。
しがらみ:川の流れをせき止めるため、杭を打ち竹や木の枝を絡ませたもの
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露に濡れつつ
- 次の歌
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秋萩の枝もとををになりゆくは 白露重く置けばなりけり