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我が恋のあらはに見ゆるものならば
都の富士と言はれなましを

歌の意味
私の恋の思いが目に見えるものであったならば、都の富士と言われたであろうに。
鑑賞
巻第十四 恋歌四 892

詞書「題しらず」
 もし私の恋の思いが外から目に見えるものであったら、燃え立つ煙のさまから都の富士と呼ばれただろうにと詠む歌である。胸の内に燃える恋の火を、煙を上げる富士山にたとえ、人に知られずに燃え続ける思いの激しさを詠んでいる。

 初句「我が恋の」は、私の恋の思いが、の意である。
 二句「あらはに見ゆる」は、はっきりと目に見える、の意である。
 三句「ものならば」は、ものであるならば、の意で、事実に反する仮定を表す。
 四句「都の富士と」は、都の富士山だと、の意である。前歌の第八百九十一首の「富士の嶺」を受け、恋の火を燃やす自分を都にある富士にたとえている。
 結句「言はれなましを」は、言われたであろうに、の意で、「な」は完了の助動詞「ぬ」の未然形、「まし」は反実仮想の助動詞で、三句の「ならば」と呼応している。「を」は詠嘆を表す。

あらは:顕は。はっきりと表に現れているさま
作者
よみ人しらず
出典
拾遺和歌集
前の歌
世の人の及ばぬものは富士の嶺の 雲居に高きおもひなりけり
次の歌
葦根はふうきは上こそつれなけれ 下はえならず思ふ心を