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葦根はふうきは上こそつれなけれ
下はえならず思ふ心を

歌の意味
葦の根が這う泥土の沼は、表面こそ何事もないようにそっけなく見えるけれども、その下では並々でなく思っている心なのに。
鑑賞
巻第十四 恋歌四 893

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 葦の根が這い広がる泥沼は、表面こそ素知らぬ様子だが、その下では並々ならず思っている心なのにと詠む歌である。表には出さないが内心は深く思っている恋の心を、水面下に根を張る葦の泥沼にたとえている。

 初句「葦根はふ」は、葦の根が這い広がる、の意である。本巻の第八百五十三首の「葦分け小舟」、第八百八十七首の「葦火」と、葦の景物を共有している。
 二句「うきは上こそ」は、泥土の沼は表面こそ、の意で、「うき」は泥沼の意の「泥」と、つらい意の「憂き」を掛けた掛詞である。係助詞「こそ」が強調している。
 三句「つれなけれ」は、そっけない、素知らぬ様子だ、の意で、係助詞「こそ」を受けて形容詞「つれなし」の已然形で結んでいる。「こそ…已然形」の形で、下の句へ逆接で続いている。
 四句「下はえならず」は、下では並々でなく、の意で、「えならず」は、ひととおりでない、の意である。二句の「上」と四句の「下」で、表と内とを対比している。
 結句「思ふ心を」は、思っている心なのに、の意で、「を」は詠嘆を込めた逆接を表す。

うき:泥沼の意の「泥」と、つらい意の「憂き」を掛ける
あしね:葦根。葦の根
作者
よみ人しらず
出典
拾遺和歌集
前の歌
我が恋のあらはに見ゆるものならば 都の富士と言はれなましを
次の歌
ねぬなはのくるしかるらん人よりも 我ぞますだのいけるかひなき