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秋の池の月の上に漕ぐ舟なれば
桂の枝に棹やさはらん

歌の意味
秋の池の、水面に映る月の上を漕いでいく舟なので、月に生えるという桂の枝に、棹が触れるのではないだろうか。
鑑賞
巻第六 秋歌中 321

詞書は前の歌に続き「秋歌とてよめる」
 秋の池の水面に映る月の上を漕ぐ舟なので、月に生えるという桂の枝に棹が触れるのではないかと詠んだ歌である。池に映る月を本物の月と見なし、月の中の桂の木を想像した、奇抜な機知の歌である。
 月には桂の木が生えているという中国の伝説を踏まえている。
 作者の小野美材は小野篁の孫で、大内記などを務め、漢詩文や書にも優れた。

 初句「秋の池の」は、秋の池の、の意で、字余りである。
 二句「月の上に漕ぐ」は、水面に映る月の上を漕ぐ、の意で、字余りである。
 三句「舟なれば」の「ば」は理由を表し、舟なので、の意である。
 四句「桂の枝に」の「桂」は、月に生えていると伝えられる木である。本巻の第三百二十七首も「月の桂」を詠んでいる。
 結句「棹やさはらん」の「や」は疑問の係助詞で、連体形「ん」と係り結びをなし、棹が触れるのではないだろうか、の意である。

かつら:月に生えていると伝えられる伝説の木
さを:舟を進めるための竿
さはる:触れる、引っかかる
作者
小野美材
出典
後撰和歌集
前の歌
秋の夜の月に重なる雲晴れて 光さやかに見るよしもがな
次の歌
秋の海に映れる月を立ち返り 波は洗へど色も変はらず