古典和歌stream

富士の嶺の燃えわたるともいかがせむ
消ちこそ知らね水ならぬ身は

歌の意味
富士の嶺のように燃え続けるとしても、私にはどうしようもない。火を消す方法など知らないのだ、水ではない私の身は。
鑑賞
巻第十 恋歌二 648

詞書「返し」
 富士の嶺のように燃え続けるとしても、水ではない私には消すすべがない、と詠んだ歌である。前歌の燃える思いを受けとめながらも、私にはどうにもできないと、そっけなくかわしている。
 前歌の第六百四十七首に対する返しで、前歌の「富士の嶺」「燃えて消え」を受けて、「消ち」「水」と火にちなむ語で応じている。
 作者の「きのめのと」は紀乳母である。陽成天皇の乳母を務めた女性で、紀全子とされる。

 初句「富士の嶺の」は、富士山の峰が、の意で、前歌の結句を受けている。
 二句「燃えわたるとも」は、燃え続けるとしても、の意である。
 三句「いかがせむ」は、どうしようもない、の意で、ここで句切れとなる。
 四句「消ちこそ知らね」は、火を消すすべは知らない、の意で、「こそ」は強めの係助詞、打消の「ず」の已然形「ね」で結ぶ係り結びとなっている。前歌の「消え」に「消ち」で応じている。
 結句「水ならぬ身は」は、水ではない私の身は、の意で、四句と倒置の関係にある。

けつ:火を消す
めのと:乳母、貴人の子を養い育てる女性
作者
紀乳母
出典
後撰和歌集
前の歌
我のみや燃えて消えなん世とともに おもひもならぬ富士の嶺のごと
次の歌
わびわたる我が身は露を同じくは 君が垣根の草に消えなん