深くのみ思ふ心は葦の根の
わけても人に逢はんとぞ思ふ
- 歌の意味
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深くばかり思う私の心は、水底の葦の根を分け入るように、とりわけ何としてもあの人に逢おうと思う。
- 鑑賞
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巻第十 恋歌二 680
詞書「題しらず」
深く思う心は、葦の根を分けてでも、とりわけあの人に逢おうと思う、と詠んだ歌である。水底深くはびこる葦の根をかき分けてでも逢いたいという、強い思いを表している。
前歌に続き、逢いがたい相手へのひたむきな思いを詠んでいる。
作者の「あつよしのみこ」は敦慶親王である。宇多天皇の皇子で、容姿の美しさから玉光宮と呼ばれ、伊勢と恋愛関係にあったことで知られる。
初句「深くのみ」は、深くばかり、の意である。
二句「思ふ心は」は、思う心は、の意である。
三句「葦の根の」は、水底深くはびこる葦の根の、の意で、初句の「深く」と縁があり、四句の「わけ」を導いている。
四句「わけても人に」の「わけて」は、葦の根を「分けて」の意と、とりわけ、の意を掛けた掛詞である。
結句「逢はんとぞ思ふ」は、逢おうと思う、の意で、「ぞ」は強めの係助詞、連体形「思ふ」で結ぶ係り結びとなっている。
わく:葦の根を「分く」意に、とりわけの意を掛ける
- 作者
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敦慶親王
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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逢ふことはとほ山鳥の狩衣 きてはかひなき音をのみぞ泣く
- 次の歌
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漁り火の夜はほのかに隠しつつ ありへばこひの下に消ぬべし