浮き沈み淵瀬に騒ぐにほ鳥は
底ものどかにあらじとぞ思ふ
- 歌の意味
-
浮いたり沈んだりして淵や瀬で騒ぐかいつぶりは、水の底でも心穏やかではいられないだろうと思う。
- 鑑賞
-
巻第十四 恋歌六 1027
詞書「女三のみこに」
浮き沈みしながら淵や瀬で騒ぐにほ鳥は、水の底でも穏やかではないだろうと思う、と詠んだ歌である。水面で浮き沈みを繰り返すにほ鳥に自らを重ね、表に見える騒ぎだけでなく、心の底も落ち着かない恋の苦しさを訴えている。
詞書によれば、女三のみこに送った歌である。女三のみこは天皇の第三皇女を指す呼称である。本巻の第千六十七首も「淵瀬」を詠み、移ろう淵と瀬に寄せて心のありようを詠んでいる。
作者の「あつよしのみこ」は敦慶親王である。宇多天皇の皇子で、式部卿を務めた。歌人の伊勢との間に中務をもうけ、風雅な貴公子として知られた。
初句「浮き沈み」は、浮いたり沈んだりして、の意で、にほ鳥の動きに恋に揺れる心を重ねている。
二句「淵瀬に騒ぐ」は、淵や瀬で騒ぐ、の意で、深い淵と浅い瀬を行き来するさまをいう。本巻の第千六十七首の四句「淵瀬になると」と同じ語を用いている。
三句「にほ鳥は」は、かいつぶりは、の意で、水に潜る鳥として作者自身をたとえている。
四句「底ものどかに」は、水の底でも穏やかに、の意で、「底」に心の底の意を重ねている。
結句「あらじとぞ思ふ」は、いられないだろうと思う、の意で、「じ」は打消しの推量、「ぞ」は強めの係助詞で、連体形「思ふ」で結ぶ係り結びとなっている。
にほどり:かいつぶり。水に潜る小さな水鳥
ふちせ:川の深い所の淵と、浅い所の瀬
- 作者
-
敦慶親王
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
千早振神にも何にたとふらん おのれ雲居に人をなしつつ
- 次の歌
-
松山に浪高き音ぞ聞こゆなる 我よりこゆる人はあらじを