今はとて梢にかかる空蝉の
からを見むとは思はざりしを
- 歌の意味
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もうこれまでと、梢にかかっている蝉の抜け殻のように、あなたの残した衣を見ることになろうとは思いもしなかったのに。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌四 803
詞書「つらくなりにける男のもとに、今はとて装束など返しつかはすとて」
もう最後だと、梢にかかる蝉の抜け殻のような衣を見ようとは思わなかったのに、と詠んだ歌である。冷たくなった男の残した装束を、中身のない蝉の抜け殻にたとえ、むなしく終わった恋を嘆いている。
詞書によれば、つれなくなった男のもとへ、これで終わりだと装束などを返す際に添えた歌である。次歌の第八百四首はこれに対する返しで、二首で贈答となっている。
作者の「平なかきがむすめ」は平中興女である。平中興の娘で、父の中興は国守などを務めた官人である。大和物語には僧浄蔵との恋が語られている。
初句「今はとて」は、今はもうこれまでと、の意で、別れの決意を表している。本巻の第八百五十三首も同じく初句を「今はとて」としている。
二句「梢にかかる」は、木の枝先にかかっている、の意である。
三句「空蝉の」は、蝉の抜け殻の、の意で、中身のなくなった恋のたとえとなっている。
四句「からを見むとは」は、抜け殻を見ようとは、の意で、「から」は蝉の「殻」に、衣の意の「唐(衣)」を掛け、返す装束を指している。
結句「思はざりしを」は、思わなかったのに、の意で、「を」は逆接で余情を残している。
こずゑ:木の枝の先
うつせみ:蝉の抜け殻
から:蝉の「殻」と、衣の意の「唐(衣)」を掛ける
- 作者
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平中興女
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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近ければ何かはしるし逢坂の 関の外ぞと思ひ絶えなん
- 次の歌
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忘らるる身をうつせみの唐衣 返すはつらき心なりけり