足柄の関の山路を行く人は
知るも知らぬも疎からぬかな
- 歌の意味
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足柄の関の山道を行く人は、知っている人も知らない人も、誰もが親しく思われることだ。
- 鑑賞
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巻第十九 離別歌 1361
詞書「東なる人のもとへまかりける道に、相模の足柄の関にて、女の京にまかり上りけるに逢ひて」
足柄の関の山路を行く人は、知る人も知らぬ人も疎遠には思われない、と詠んだ歌である。東国へ下る途中、険しい関の山道で都へ上る女に出会い、旅の心細さの中では、行き交う人が知人でも見知らぬ人でも親しく感じられると詠んでいる。
詞書によれば、東国にいる人のもとへ下る道中、相模の足柄の関で、京へ上る女に出会って詠んだ歌である。
作者の真静法師は、平安時代前期の僧とみられるが、詳しい伝は未詳である。
初句「足柄の」は、相模の国の足柄の、の意である。
二句「関の山路を」は、関所のある山道を、の意で、足柄の関は相模と駿河の境の関である。
三句「行く人は」は、行き交う人は、の意である。
四句「知るも知らぬも」は、知っている人も知らない人も、の意である。
結句「疎からぬかな」は、疎遠には思われないことよ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。
あしがらのせき:相模と駿河の境の関
うとし:親しくない、疎遠である
- 作者
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真静法師
- 出典
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後撰和歌集
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花咲きて実ならぬものはわたつ海の かざしに挿せる沖つ白波
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人ごとに今日今日とのみ恋ひらるる 都近くもなりにけるかな