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花咲きて実ならぬものはわたつ海の
かざしに挿せる沖つ白波

歌の意味
花は咲いても実を結ばないものは、海の神が髪飾りとして挿している、沖の白波であることだ。
鑑賞
巻第十九 離別歌 1360

詞書「海のほとりにて、これかれ逍遥し侍りけるついでに」
 花が咲いても実のならないものは、海神のかざしに挿した沖の白波だ、と詠んだ歌である。海辺の遊覧の折、沖に立つ白波を海神が髪に挿した花に見立て、咲いても実を結ぶことのない花だと興じている。
 詞書によれば、海辺で人々が遊覧した折に詠んだ歌である。
 作者の「こまち」は小野小町である。六歌仙、三十六歌仙の一人で、絶世の美女として伝説化された。小倉百人一首には「花の色は移りにけりないたづらに」の歌が採られている。

 初句「花咲きて」は、花が咲いて、の意である。
 二句「実ならぬものは」は、実を結ばないものは、の意で、字余りとなっている。
 三句「わたつ海の」は、海の神の、の意である。
 四句「かざしに挿せる」は、髪飾りとして挿している、の意で、白波を花に見立てている。
 結句「沖つ白波」は、沖の白波、の意で、体言止めとなっている。「花」「かざし」は縁語である。

わたつうみ:海の神、また海
かざし:髪や冠に挿す花や枝
せうえう:気ままに歩き回って遊ぶこと
作者
小野小町
出典
後撰和歌集
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