水も狭にうきぬる時はしがらみの
うちのとのとも見えぬ紅葉葉
- 歌の意味
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水面も狭くなるほどに浮かんでいる時には、しがらみの内側なのか外側なのかも見分けられない紅葉葉であることだ。
- 鑑賞
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巻第十九 離別歌 1359
詞書「うちとのといふ所を」
水面も狭いほどに浮かぶ時は、しがらみの内か外かも見えない紅葉葉だ、と詠んだ歌である。うちとのという地名を詠み込み、川面を埋めつくして浮かぶ紅葉が、しがらみの内と外の区別もつかないほどだと、紅葉の多さを詠んでいる。
詞書によれば、うちとのという所を詠んだ歌である。なお本文の二句は「うきぬる時は」とあり、読み仮名の行の「うきたるときは」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
作者の伊勢は、伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の女御藤原温子に仕えた。宇多天皇の寵を受け、のちに敦慶親王との間に中務を生んだ。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「難波潟短き葦のふしの間も」の歌が採られている。
初句「水も狭に」は、水面も狭くなるほどに、の意である。
二句「うきぬる時は」は、浮かんでいる時には、の意で、紅葉が浮かぶさまをいう。
三句「しがらみの」は、川の流れをせき止める柵の、の意である。
四句「うちのとのとも」は、詞書の地名「うちとの」を詠み込み、しがらみの「内の」「外の」とも、の意を掛けた掛詞である。
結句「見えぬ紅葉葉」は、見分けられない紅葉葉であることよ、の意で、体言止めとなっている。
しがらみ:川の流れをせき止めるために杭を打ち並べ、竹や柴を絡ませた柵
うちのとの:地名の「うちとの」の意と、「内の外の」を掛ける
- 作者
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伊勢
- 出典
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後撰和歌集
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草枕旅となりなば山の辺に 白雲ならぬ我や宿らむ
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花咲きて実ならぬものはわたつ海の かざしに挿せる沖つ白波